【インタビュー】押見修造『血の轍』 「これを描いたら引退してもいい」!? 読者に衝撃をあたえた、あのシーンの秘話も!?
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人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、押見修造先生!
『このマンガがすごい!2011』オトコ編第10位ランクイン、アニメ化も話題となった『惡の華』完結から約3年――。
常に自身の代表作を更新し続けている、鬼才・押見修造先生の新連載は、”毒親”をテーマとした衝撃作!
まるで映画を見ているような圧倒的な画力で描かれる主人公・静一と母・静子の歪んだ親子関係、そして想像をはるかに超えてくる展開に、すでに押見先生の新たな代表作になりつつある『血の轍』が、 『このマンガがすごい!2018』で第9位にランクイン!
インタビュー第1弾から引き続き、先生の考える”親子関係”や、作中の衝撃展開の制作秘話など、今回も多くを語っていただきました!
2014年のインタビューはコチラ!
前編 “純愛”を考えていたら体操服を盗む話ができあがった。 『惡の華』押見修造【前編】
中編 告白したシーンを描いたら終わりのその先が見えた。『惡の華』押見先生【中編】
後編 14歳が一番エロい! そして次回作は……『惡の華』押見先生【後編】
押見修造
1981年生まれ。群馬出身。
代表作『漂流ネットカフェ』(双葉社)『惡の華』(講談社)。
『惡の華』は2013年TVアニメ化し、累計240万部を突破する大ヒット作となる。
現在は「別冊少年マガジン」(講談社)にて『ハピネス』、「ビックコミックスペリオール」(小学館)にて『血の轍』を連載中。
予定どおりの第1集と膨らみ始めた物語
――『血の轍』は第1集ラストで衝撃の展開を迎えます。単行本単位で構成を考えて、あの展開に?
押見 はい、あらかじめ決めてました。

――あそこまで持っていくのに不安はありませんでしたか?
押見 「読者がついてきてくれるかな?」みたいなことは、ないわけではなかったですけど、逆にそこまでの日常描写を丁寧にやらないと意味がないと思っていました。いきなり第1集ラストの“事件”を描いても、それは違うなぁ、と。そういう「衝撃的なことが起きる話」になっちゃいます。日常がちゃんとあって、日常のなかからでてくるものとして描かないと意味がない。それに、ここまで描けば絶対に伝わるはずだ、と思っていました。
――第1集は予定どおり。
押見 そうです。
――では、先の展開まで構想できているのですか?
押見 終わるまでのボリューム感は、なんとなくイメージできています。ただ、描いているうちに、自分が本当に描きたかったことに気づくこともあります。描きながらどんどん変わっていくタイプなので、この先どうなるか。現状でも、当初の予定よりは、だいぶ膨らんでいってますから。
――具体的にどのあたりでしょうか?
押見 第1集は予定どおりだったんですけど、第2集で手紙を破るところ(第15話)は想定していなかったです。
――エピソードとして入れようとは思っていたんですか?
押見 “手紙”をひとつの要素として入れようとは思っていたんですけど、破るかどうかまでは決めていませんでした。

――全体の構想からすると、今はどのあたりでしょう?
押見 まだ本格的に話が始まる前段階なので、起承転結でいえば「起」か「承」あたりです。大枠の流れは考えていましたけれど、この手紙の件のように、膨らむところはこれからでてくるんじゃないかと思っています。
――膨らむ、というのは、いわゆる「筆が乗る」的な?
押見 描いているうちに思い出がよみがえってくるんです。
――起きた出来事を思いだす、という意味ではないんですよね?
押見 ええ。「あの時の、あの感じ」みたいな感情が噴きだしてくるんです。実際に親に手紙を破られた経験があるわけじゃないですよ?
――はい。
押見 精神的にそれに似たような体験があって、その時の感情がよみがえってきて、どもりが悪化したりするんです。
――それは……描いていて、しんどいですよね?
押見 でも楽しいですよ。ルンルン気分で描いているわけじゃないですけど(笑)。体に変調をきたしたり、どもったりしていますけど、今まで開けていなかったフタが開いていく感覚は、楽しいといえば楽しいです。もしかしたら、今まで描いてきたマンガのなかで、一番楽しいかもしれない。マンガという形で吐きだせているから、なんとかなっているのかもしれませんね。
――読者の反応はいかがですか?
押見 「静子ママが怖い」という感想が多いですね。まぁ、「ママがエロい」という人も多いんですけど、母親に対する性癖をはからずも披露しちゃってる人もいます(笑)。

――静子ママにモデルはいるんですか?
押見 僕の母親はこんなに綺麗ではなくて、自分の母親をそのまま持ってきているわけではないです。ただ、「思い出のなかの母親像」というか、それにいろいろ配合している感じです。男の子どもがいる母親に共通するにおい、というか、そういった部分が描ければいいですね。
――女性読者の反応はいかがですか?
押見 男性読者よりも女性読者のほうが、自分の境遇に引き寄せて読んでくれているみたいですね。「私も静子ママみたいなところがあるかも」と。自分が“毒親”にならないか心配だ、という観点のようです。
――なるほど。自分がそうなるかもしれないという恐怖。
押見 男性読者からしたら、静子ママはモンスターのように怖いようです。けれど、女性読者にとっては「自分もそうかもしれない」という共感の恐怖があるそうです。それが半分。
――もう半分は?
押見 こんな親戚がいたらこうなるよね、と。

――静子ママに対する同情ですか。
押見 親戚のなかでも孤立しているし、夫婦関係もうまくいっていない……というか、期待する役割を夫が担ってくれていないという感じですよね。
――この親父よそに女いるだろ、って思いながら読んでます。
押見 (笑)。パッと見では父親のほうが老けて見えますけど、設定上はそんなに夫婦の年齢は離れていません。作中で明示していませんけどね。静子ママが若く見えるのは、主人公の目線だから美しく見えています。主人公の静一が、静子ママを「やばい」とか「怖い」と感じた時には、お母さんの顔が、なんというか、みにくく見えるように描きたいな、と思っています。
アナログ作画で表現する 主人公・静一の目を通した世界
――静子ママの表情についてお聞きしたいのですが、その前に絵柄について。『惡の華』の途中でデジタルからアナログに移行しました。今作は?
押見 今作は完全にアナログです。
――その意図をお教えください。
押見 全体を「主人公の静一の目を通した世界」として描きたかったからです。いわゆるマンガの背景って、写真をトレースしたような、写実的なものが理想とされるのかもしれないんですけど、僕は現実の風景をスケッチしたような感じにしたいんです。記憶のなかとか、思い出のなかみたいな印象をだしたい。あまり風景がパッキリしていると、静一の目を通した感じにならないんですよ。

――「静一の目」というフィルターを通した世界だから、静子ママは若くて美人に描かれているわけなんですね。
押見 そうです。あくまで静一が見ている世界。静一の感情が乗っかっている視界。

――たしかに写真を見た時に「あれ? この人こんな顔だっけ?」と、自分の記憶と食い違うことはあります。
押見 ありますね。客観的に見た世界ではなくて、静一の感情が乗っている主観的な世界。それを追体験できるのが理想だと思っています。
――本作はものすごく内省的な話でありながら、ほとんどモノローグがありません。すべて絵で表現しているところがすごいと思います。
押見 基本的にモノローグはいらないと思っているんですよ。静一が、まだ自分の言葉を獲得していない人格である点も要因として大きいです。静子ママにくっついていて、取りこまれている状態。人格がまだ確立していないのにベラベラとモノローグでしゃべっちゃうと、こぼれていくものが多いんです。言葉になっていないものを描かないと、感じがうまくだせない。
――表情で、いろいろな感情を表現していますね。
押見 表情はいっぱい描き直します。本当の表情というか……、記号的に見えちゃうとダメだと思うんですよ。
――マンガ的な表現も使わないですよね。漫符とか。
押見 漫符は最近とみに使わなくなりましたね。第1集や第2集では、困った時や追い詰められた時に記号的に汗をかかせましたけど、もう汗も要らないかな、と思ってます。
――記号的な表現だと「こぼれていく」部分がある、ということなのでしょうか?
押見 「こういう時、人はこういう表情するんだ!」と思ってもらえれば勝ち、と思っています。というか、一回負けたらずるずるいってしまうので、ずっと勝っていかないといけない。ひとつひとつが勝負だぞ、と自分に言い聞かせています。
同席編集者 「表現力のある目」って、よく聞くじゃないですか。でも特にこの作品の場合、口の描き方に特徴があると思うんですよ。心に迫る「口の表現」というのは、あまりないものだと思っています。
――たしかに!
押見 そういえば口のアップが多いですね。いまいわれるまで、まったく自覚なかったですね(笑)。

目で描くのとはまた違う感情が迫ってくる。
普通の人の心に生じるズレ
――”血の轍”というタイトルの由来をお教えください。
押見 これはボブ・ディランのアルバム『血の轍』からです。そのアルバムが、本作の重要なファクターになっているとか、そういうことではないんですけどね。あくまでタイトルだけなんですけど、すごくシックリきたので。
――ボブ・ディランはお好きなんですか?
押見 すごく好きです。13~14歳ごろから大好きです。
――押見先生のお気に入りのキャラクターって、います?
押見 キャラ……。ああ、キャラを愛でる気持ちが、まったく湧いてこないマンガなので、今の今まで考えてませんでした(笑)。「このキャラかわいいな」みたいなテンションではないです。でも……、そうだなぁ、しげちゃんは筆が運びやすいですね。
――屈託のない意地悪さがありますよね。

押見 性根は悪そうですよね(笑)。こういうヤツいるよな、と思ってもらえれば。
――今作を描くにあたって、なにか参考にされているものとか、ありますか?
押見 「テレフォン人生相談」(ニッポン放送)というラジオ番組はいつも聞いてます。肉声で相談するところが非常におもしろいんですよ。子供が不登校とか、DVとか、わりとハードな相談が多いんですけど、相談者がいっていることと本心に、たいていはズレが生じているんです。たとえば相談内容が「子どもが不登校なんですが、どうすれば学校に行くようになってくれるでしょうか?」であったとしても、本当はそんなことはどうでもよくて、「子供が不登校になって、“私が”今つらいんです。私のつらさはどうすればいいのでしょうか?」が本当の悩みだったりするんですよ。そういったズレが、肉声だとすぐわかる。キャラクターづくりの勉強になりますよ。
――そのズレに気づかせてもらえるわけですね。
押見 たいていの人は、自分のつらさを分析せずに、人生は過ぎていってしまいます。本人の実感がともなわなければ、いくら分析しても意味がないんでしょうけどね。
――そのつらさやズレをはらんだ親子関係のなかで、不幸な事件が起きたりもするじゃないですか。
押見 いま僕は子どもがいて愛情を注げていると思っているんですけど、とはいえ、親が子を殺す心情が1ミリも理解できないかというと、そんなことはない。わかる部分もあるとは思うんですよ。
――実際にやるかどうかは別として。
押見 ええ。心情として理解できる部分は、だれにでもあるんじゃないでしょうか。
――たとえば身内が寝たきりになると、当然かいがいしく面倒は見ても、ふとしたタイミングで介護疲れしたりします。
押見 「早く死んでくれねぇかな」と思うことはあるでしょうね。100%の善人も悪人もいなくて、自分でも自覚できていなかったりしますから。それを踏まえたうえで、静子ママの性格とか人格に注目してもらえれば、と思います。
――それは「静一の目」というフィルターを通したものとして、作中で提示されるわけですよね?
押見 もちろんです。それ以外は描かれないので。まぁ、どう読んでいただいても構わないんですけど、「こういう出来事が過去に起きたから、それがトラウマになって、静子ママはこういう人格になりました」ということがキモではないので、そういった謎解き的なスタンスとは違う読み方をしてもらったほうが楽しいかもしれません。
――特別な経験をしてトラウマを抱えた人がモンスター化するのではなく、普通の人がこうなる怖れがあるよ、という恐怖だと思います。
押見 みんな普通にそのへんにいる人なはずですからね。
「これを描いたら引退してもいい」!? 思春期モノの総決算
――気になる今後の展開ですが。静ちゃんと静子ママがどうなるのか、とても気になります。静ちゃんはママに守ってもらっている側面と、自分が静子ママといっしょにいなければいけないと思っているようなフシもあります。

押見 このママは突き放すべきなのか、ついていてあげるべきなのか。どっちが正解なのかわからない。作品が終わった時に決着がついているといいですね。
――押見先生にとっての「未解決な部分」は、解決するのでしょうか?
押見 根本的には自分の問題だと思っています。親子関係のわだかまりを、自分はどういう風に消化したかったのか。自分でもまだよくわかっていないところがあって、それを探っているということなのかもしれません。同じような境遇の人はほかにもいるけど、別の人だったらこんな描き方は絶対しないでしょうし。まぁ、これで引退するつもりで描いてますから。
――えっ!
押見 これを描いたら引退してもいい、くらいの気持ちで。それは毎回思っているんですけどね(笑)。
――なるほど(笑)。思春期モノの総決算として。
押見 総決算にするつもりで。
――ちなみに、押見先生のお母様はこの作品を読まれました?
押見 「第1話は読んだ」とは聞きました。全部読んだ時に絶縁でもされないかな(笑)。絶縁されたら、それはそれで決着はつきますね。
――そんな決着のつき方は……(笑)。不謹慎ないい方になりますが、親御さんが亡くなられたら、親子関係に対してまた違った感情を抱くとは思いますが。
押見 ですねぇ。その時は、親を亡くすマンガを描けるな、ってのはあります。
――何が起きても最終的にはマンガのネタにすればいい、というのは押見先生にとって心のセーフティネットになっているような気がします。
押見 周りの人間からすればいい迷惑でしょうけどね。そのへんは自分がクズだと思います(笑)。
――あの……、こういうインタビューって、たいてい最後は「読者に一言」みたいな感じでしめるんですけど、「お母様に一言」でどうでしょう?
押見 ああ(笑)。読んでください、と。最後まで全部読んでください、と伝えたいです。
――続きを楽しみにしています。ありがとうございました!
取材・構成:加山竜司
(C)押見修造/小学館







